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神戸地方裁判所 昭和30年(ワ)1195号 判決

原告 株式会社前田商店

被告 波多野正彦

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

原告訴訟代理人は「被告は原告に対し金七十二万円及びこれに対する昭和二十八年一月七日以降右支払済みに至るまで年六分の割合による金員を支払うこと、訴訟費用は被告の負担とする」との判決並びに担保を条件とする仮執行の宣言を求め、その請求原因として「大新株式会社は昭和二十七年十二月二十二日額面七十二万円、支払期日同二十八年一月七日、支払場所株式会社不動銀行船場支店、振出地支払地ともに大阪市、受取人今井馨なる約束手形一通を振出し、被告はこれに手形保証人として署名捺印した上これを今井馨に交付し、今井は同日これを原告会社に対し裏書譲渡した。そこで右手形の所持人となつた原告は右支払期日に支払場所において該約束手形を呈示して支払を求めたが拒絶されため被告に対し右約束手形金七十二万円及びこれに対する満期日以降の法定利息の支払を求める。」と陳述し、被告の手形債務時効消滅の抗弁に対し、「被告は手形保証人とは言いながら訴外大新株式会社の代表者であつて、実質的には本件手形につき右大新株式会社と共同振出人の関係に立つものであるからその間に主従の関係なく、従つて仮に大新株式会社に対する関係において手形債務が時効消滅したところで被告がこれを援用できる謂われはない。仮に右主張が理由なしとしても原告は本件手形の不渡後昭和三十年十二月四日に至るまで大新株式会社代表者(被告と同一人)に対し本約束手形金の請求をなし同代表者はその都度債務の承認をしていたものであるからこれにより時効は中断されて居り被告の抗弁はその前提を欠くものと言わねばならぬ。又仮に右時効中断の主張が容れられぬとしても手形保証は独立した手形行為であるから被告は前記会社とは独立して手形上の債務を負担しているものと言うべく手形保証制度が手形の信用を増強し、支払確保という究極目的に奉仕するものである以上、約束手形振出人に対する消滅時効完成は手形保証債務の消長に影響しないと解すべきであるから訴提起後主債務に対し時効完成するも手形保証人たる被告がこれを援用して手形保証債務を免れることはできない。」と述べ、立証として甲第一号証を提出し、原告会社代表者並びに被告の各本人訊問の結果を援用した。

被告訴訟代理人は主文同旨の判決を求め、答弁として「大新株式会社が原告主張のとおり約束手形一通を振出し、被告がこれに手形保証をしたことは認める。」と述べ、抗弁として「本件約束手形の振出人の手形債務は満期日昭和二十八年一月七日から三年後たる同三十一年一月七日の経過とともに時効消滅したものであるから手形保証人たる被告は被保証人たる振出人の債務の時効消滅を援用する。」と主張し、立証として被告本人訊問の結果を援用し、甲第一号証の成立を認めると述べた。

理由

訴外大新株式会社が原告主張どおり本件約束手形一通を振出し、被告が右会社のためこれに手形保証をしたことは当事者間に争がない。被告は右手形は主たる債務者に対する関係で時効消滅しているから手形保証人としてこれを援用すると主張し、原告はこれを争うので考えてみると、昭和三十一年一月七日の満了とともに本件手形の満期日より三年を経過したことは暦の上で明らかであるところ、原告はまず被告は名は手形保証人であるけれども実質的には前記大新株式会社の代表者であつて共同振出人と見るべきものであるから、仮に約束手形振出人の債務が時効消滅したとしても被告は手形保証人としてこれを援用し得べき限りでないと主張するが、成立に争ない甲第一号証には明らかに保証人の文言記載があり手形文言の意義はその文言自体によつて客観的にこれを定むべく他の事情又は証拠によつてこれを変更又は補充することは許されないものと解すべきであるから原告の右主張は理由がない。次に原告は本件手形不渡後昭和三十年十二月四日迄に訴外会社代表者に対して度々手形金の請求をなし、その都度債務の承認を得ているからこれにより時効は中断されているものと言うべく、被告の抗弁はその前提を欠くと主張するけれども、原告会社代表者本人訊問の結果は未だ当裁判所これを輙く措信し難く他に原告の右主張を認むべき証拠はないから右時効中断の事実もこれを認めることができない。

次に原告は手形保証は独立した手形行為であるから被告は振出人たる大新株式会社とは独立した手形上の債務を負担しているものと言うべく手形保証制度は手形の信用を増強し支払確保を究極の目的とするものである以上、約束手形振出人の義務の時効消滅は手形保証人の責任に些かの影響をも及ぼさぬと解すべきであるから被告は手形保証人としての責任を免れることはできないと主張するので判断すると、被告が本件約束手形に手形保証をしたからには勿論振出人の責任とは別個独立の債務を負担したものと言うべきであるが、これは手形の文言性から当然のことであつて手形行為独立の原則上そうなのではない。何となれば手形行為独立の原則は同一手形上に重畳的になされる各手形行為中、前提行為が無能力、偽造等、又は実質的理由により有効でない場合にも後続行為に影響がないというだけのことである。手形法第三十二条第二項は保証につき右を規定したに止まる。

したがつて文言上各手形行為は別個独立の債務を負担するわけであるから手形債務者間に連帯債務関係を生ぜず、約束手形の保証人と振出人間にも同様連帯債務関係なく、民法上の保証人の如く催告、検索の抗弁権も有しないものとされるのであるし、別個の債務であることから時効の関係においても中断は相対的効力を有するに止まること手形法第七十一条の規定するとおりである。

しかしながら手形保証人の責任の内容については同法第三十二条の規定するところであり、手形制度の目的又は本質上の修正を受けながらもなお保証人は保証せられたものの後者の位置に立つことが明らかであつて、別個独立の債務ではあるけれども主たる債務と償還義務との如き主従関係のないものとは異なりそこに保証の従属性の一面を見ないわけには行かない。

手形保証制度が人的担保を附加することにより手形の信用を増強し支払確保の目的に奉仕するものであることはもとよりであるけれども、だからといつて手形の主たる債務者に対する権利の保全手続を怠りこれを時効により免責せしめた所持人の落度を度外視してまで保証人の責任を追究し所持人を救済することまでを制度の目的としているとは解せられないし、主たる債務と償還義務との関係ならば主従関係なきことを根拠に前者の時効消滅は後者に影響なしとの見解が成り立つ余地がなくはないけれども、手形振出人とその保証人との関係については手形制度の本質上修正を加えられながらなお前述の様に従属性の一面を残している以上これと同一に論じ去ることはできないから、原告の右主張は独自の見解に基くものとして当裁判所の採用できないところである。

してみれば、原告が本件約束手形につき満期日に支払場所に呈示の上支払を求めたが拒絶されたことは被告の明らかに争わぬところであるが、手形保証人たる被告に対する本訴請求による時効中断の効力が振出人たる大新株式会社に及ばぬことは前述のとおりであるから、本件手形は昭和三十一年一月七日の経過とともに主たる債務者との関係において時効消滅しているものと言うのほかなく、その保証人たる被告はたとえ自己に対し訴を提起された後といえども右主たる債務の時効消滅を援用しうべきものであり且つ本訴においてこれを援用するものであるから原告に対し本件約束手形金支払の義務はないものと言わねばならない。

原告は訴外大新株式会社は有名無実に帰し支払能力なく且つ所在も不明確となつたから実質上の債務者たる被告のみを訴求するものであり、右会社に対しても決して権利の上に眠るものではなくただ所在不明確又は実質的に無意味であるから共同被告としなかつたに過ぎないと言うけれども、仮に有名無実といつても解散乃至清算結了に至らざる限り会社は実在するものであり手形の文言上振出人となつている以上はこれについて訴求すべく、これを怠り免責せしめた以上は上記の判断を左右すべきものではない。

以上のとおり原告の本訴請求は理由がないから失当としてこれを棄却し、訴訟費用につき民事訴訟法第八十九条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 金末和雄)

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